Deadpool (2015-2017) #20
あらすじ
出会い
都会の夜。
ビル屋上に一人の少女がいます。
彼女が立ち尽くしているのは、安全柵の向こう側。
彼女は、悲壮の表情で目を閉じて、頬を撫で髪を揺らす最後の風を感じていました。
??「飛ぶな!」
これはヒーローが弱きものを救う流れ。
「頼む。ここではやめてくれ」
「向こうにパーカーインダストリー(※スパイダーマンの会社)がある。飛び降りの絶好スポットだよ!」
「あ、あんたふざけてんの…?」
みんなの気持ちを代弁してくれる少女。
しかしドン引きの視線には慣れっこなデッドプールには通用しません。
「俺ちゃんはその昔放射能を浴びた道化師に噛まれてね…」
「触んじゃねーよ!」
どこまでもスパイディネタを繰り出して自殺少女にうざ絡みしまくるデップー。 それにしてもどうしてここにいるのか?
どうやらここはデッドプールの持ちビルらしい。
周りをよく見たかい?と促すデップー。
言われてみれば、ビルは確かにボロボロでした。
デップー曰く、どうも大暴れしたウルトロンに破壊されたらしい。
半壊のビルに自殺した少女の魂が…っていうのちょっとさ〜と、デップーは少女にへらへら話しかけながら自分も縁を跨いで彼女の隣に座ります。
「まあ、ね。本当のヒーローがここにいたら、きっとあんたの気持ちがぱっと晴れるような言葉を、かけてやれるんだろうけど…」
「今、あんたの傍にいるのは俺だけなんだよね」
デッドプールは少し俯き気味でそう呟きましたが、すぐに顔を上げます。
「俺の名前はデッドプール。あんたの名前h
「やめろ」
「なにを?」
「本当はどうでも良いくせに、気にかけてるようなフリすんな」
頑なな少女に、しかしデップーはけらけら笑ってみせます。
「いやいやあんた気が早いよ!まだ俺はあんたのことドーでもいいから!頑張って俺をその気にさせてくれないとね。で?何がどうしたんだよ。男?女?それとも金?サキュバスと結婚して人生をめちゃくちゃにされた?」
通常運行のデッドプールに少女は苛立ちを押さえ切れません。
「あんたそんなに私をこっから飛ばせたいわけ?」
「まさか!そんな気はこれっぽっちもないんだぜ?でもなんでかさ〜、人を不愉快にさせるって、俺ちゃん、よく言われんだよね」
次第に感情がごちゃごちゃになってきた少女は、ついに泣き出してしまいます。
「あ〜…ね、ほら…パーカーインダストリーはあっちだよ?」
「あんたまじうざい」
「いいね。快方の兆しを感じさせる正常なご意見だわ」
少女の肩に手をかけるもすぐに振り払われてしまいます。
するとデップーはこう提案しました。
「なあなあ。あんたがまじで今を最後の夜にしようってなら、最後に何がしたい?ハミルトン(※超高級なミュージカル)もう見た?」
あまりにしつこいデッドプールに、少女もついに投げやりになってきました。
「あんたほんと頭おかしいよ。まじでなんなんだよ。ハミルトンなんて見てねーし。そもそもあんな馬鹿高いチケット手に入るかよ」
しかしデッドプールは自信満々に答えます。
「心配すんな!俺がチケット持ってる奴を知ってるからさ!」
デッドプール流カウンセリング
「お前マジ信じらんねー。この二人、大丈夫なんだろうな」
「俺ちゃんはチケットを持ってる奴らを知ってるとは言ったけど、彼らが俺ちゃん達にそれをくれるとは一言も言ってないもん。ま、気にすんなよ。こいつら悪徳賃貸オーナーだから」
有言実行の男デッドプールによって、多少の犠牲もでたものの、本当にハミルトンを鑑賞できちゃいました。ぺちゃくちゃ離し続けるデップーに黙れと注意し、少女もそれなりにミュージカルに集中している様子・・・
鑑賞を終えると、少女とデップーは劇場を出ました。
デッドプールはミュージカルの感想をおしゃべりしながら、少女にタクシーのドアを開けてあげます。
「んじゃ、次どこ行くう?」
「パーカーインダストリー」
「受ける〜〜〜〜〜〜〜wwwwwww
ってまって。もしかして今の笑うとこじゃない?」
どうやら少女の決意は変わっていない。
飛び降り場所を変えるのも、これ以上付きまとうなという意思を感じさせます(スパイディにとっては迷惑極まりない)
しかしデップーはまだ少女を解放する気はないよう。腕を組むと 真面目に考え始めます。
「ケツ割って話すか。あんたの問題は、なんかを殴り飛ばすなりなんなりで解決すんのかい?」
「……わかんないよ」
デップーのまっすぐな問いかけに思わず顔を反らせた少女は、しかしすぐにデッドプールを睨み上げます。
「だけどあんたが何言おうとしてるかはわかってる。暴力では何も解決しないってんだろ」
それに対するデップーの答えは意外なものでした。
「あんたはほんと人が何言おうとしてるか当てるのが下手だな。いいか?暴力は全てを解決する。あんた次第でな」
そういうと、デップーは自分のポシェットから紙の束を取り出します。
「アベンジャーズには助けを求める人たちからの連絡が毎日届く。
俺はその中でも、公益暴行を執行できるタイプの依頼を持ち歩き、気分が落ち込んだときなんかにはその苦味を握りしめ、悪人共をぶちのめす為に夜の街へ繰り出すんだ」
趣味と実益を兼ねそろえたデッドプールらしいストレス発散法。
「というわけで行ってみようやってみよう」
「なんで放っておいてくれないんだ」
タクシーに乗り込んだ少女の隣へぐいぐい自分も座ってくるデップー。
「何もかも俺の言う通りにしたら解放すると約束しよう」
「誘拐じゃねえか」
誘拐だ。
「そういやあんた、名前は?」
「ダニエル」
セクシーメイド
さて、今回デップーが選んだお相手は、ドラッグ栽培のために近所の人々に迷惑をかけている男。ダニエルを引き連れ、男のマンションの玄関前までやってきました。
「よしダニエル。俺が正しいカチコミお作法を伝授してやる」
ドアを思い切りノックするデップー。
「こんばんは!!セクシーメイドです!!!
いいか?この小便穴の向こうが暗くなったら…力の限りドアを蹴り抜く!!!」
吹き飛ばされたドアの向こうには・・・
「ママ!!!」
「え、こいつ母親と同居してたのかよ」
「誰もおてまみにそのこと書いてなかったから、俺ちゃん無罪ね」
ターゲットの男は母親をノックアウトされた怒りをこめてデップーに殴りかかってきます。が・・・
「因果オホー!!!!」
ワンパンで男を伸すデップー。
倒れこんだ男を指してダニエルを促します。
「さあやってみろ」
恐る恐る男を蹴りつけるダニエル。
すかさず野次るデップー。
「うっさいよ!」
野次に苛立ったダニエルがデップーへの怒りを込めて男を激しく蹴りつけます。その成長の様子を見ているのか見ていないのか・・・
「メールなう・・・っと。”また後でねん”」
スマホをいじるデップー、女子高生かよ。
ぶちのめした男の部屋から次々と戦利品を持ち出す二人に、住民たちから感謝の言葉がかけられます。
「いい運動になったな!」
「そりゃよかった。じゃあね、さよなら」
さっさとその場を去ろうとするダニエルをまたまたデップーが引き止めます。
「おいまだ終わってないぜ。こっからがメインディッシュなんだから」
再び、ポシェットから紙束を取り出します。
今度はリベンジポルノサイトを運営したりしている、悪徳なハッカー集団がターゲットらしい。
次は手加減する必要ないからな!とわくわくなデッドプールに、くっそどうでもいいわ、と塩対応のダニエルがその場を後にする背後を、どこかで見たような人たちが駆け抜けていきます。
さてそれから…
アベンジャーズのシステムを使ってハッカー集団のアジトを突き止めたデッドプールとダニエルは早速カチコミをかけます。
「セクシーメイドです!!!!!!!!」
「それ毎回言わなきゃなわけ?」
「もちよ。ほら、ドアのスラットが開いたらこれを・・・」
などと話しているとスラットが開き、見張りが不審者二人に声を荒げます。
その次の瞬間
「ブリーチングチャージってイかすだろ?」
前触れなく突撃してきたデッドプールとダニエルに、ちょっと及び腰になりつつも刑務所には行かないぞ!と飛びかかってくるオタクハッカーたち。
容赦なくボコっていくデッドプール。
バットを持ったダニエルにもオタクの一人が掴みかかります。
「離せよ!!!」
フルスイングでオタクを殴り飛ばすダニエル。それを皮切りに彼女は部屋中のものをたたき壊します。
声を上げながら、パソコンを、机を、イスを殴り、砕き、粉々にしていくダニエル。
しばらく暴れたダニエルはやがて荒い息をつき、手の中のバットを取り落とします。
すると、ついさっきまでの乱闘が嘘のように、部屋には静寂が満ちました。
そこに一人立ち尽くす彼女の表情は・・・。
誰かの為にできること
「バイク盗んだの?」
「俺ちゃんよくわかんない〜。
別にいいだろ?俺らは超楽しんだ!な?
飛び降り失敗するのに俺のビル選んだの、良いチョイスだったって今は思うだろ?」
「そうだね。でも、あたしがいないほうがあんたはもっと楽しめたんじゃないかな。・・・みんなと同じでさ・・・、・・・もうどこで降ろしてくれてもいいよ」
やがて、デッドプールはバイクを停めました。
「俺は頭がいいから、自分があんたを救えない大バカ野郎だって知ってるのさ。だけど、彼らはできる」
そこは緊急病院の前でした。
深夜であるにも関わらず、そこは明々と電気がつき、なにが起きても対処できるよう人が待機しています。
カッとなったダニエルがデッドプールに吠えます。
「言うとおりにしたら解放するって、約束しただろ!」
デッドプールは穏やかに答えます。
「したさ。つまりここが、俺とあんたの別れ場所なんだ。
中のスタッフにはもうメールで連絡してある。あんたを迎え入れる準備は、もうしてくれてる」
今度のダニエルは抑えた声で、試すようにデッドプールに言います。
「もしあたしが嫌だって言ったら?無理矢理連れてく?」
すると珍しく歯切れ悪く言葉を選ぶデッドプール。
「ん・・・どうかな・・・。少なくとも俺は、そうする必要ないと思ってる」
「だってきっと、あんたはもう向こうに行きたいって思ってる」
「・・・一緒に中まで行こうか?」
「もしかしたら、今日うっかりぶちのめしちゃったおじいちゃんおばあちゃん達のお見舞いできるかもよ?」
「なあ、俺はあんたがイかれてるなんて思っちゃいない。あんたにはただほんの少しの助けが必要なだけ。そして俺は、あんたを助けられる男じゃないってだけ」
ダニエルはバイクを、自分から降りました。
そして病院に入ります。隣にはデッドプールも付き添っていました。
ダニエルが病院のスタッフと一緒に、自分の手の届かない場所に消えるまで、デッドプールはその背を見守っていました。
病院を出たデッドプールは停めていたバイクに歩み・・・
寄らずにそっとその場を後にします。
ダニエルと完全に別れて、またいつものように一人になったデッドプールは、道を歩きながらこちらに向かって語りかけます。
お前らも覚えとけ。例えどんな最悪なことが起きようと、人生って奴はだらだら流れるんだ。
なんかとにかく最高なことが、すぐ次のコーナーを曲がったら待ってるなんてこともあるんだぜ。いつだってな。だからとにかく
コーナーを回り続ける方法を見つけろよ!
感想
あとがきのような部分でライターのゲリー氏がこの物語についてこのように書いてます。
たった一つのフキダシの言葉で、人の命を救う素晴らしいヒーローが多く存在します。
そして、デッドプールがいます。
彼だって何か言ってくれるでしょうね。では、その言葉は彼ら彼女らの助けになるでしょうか?大分、難しいでしょう。
【中略】
弱っている人にかけてやる完璧な言葉が必要なのに、それが出てこない時ほど、自分が無力だと感じることはないでしょう。それこそ、この物語です。言葉を失った瞬間の物語です。
あなた方に、私に、そしてデッドプールにとっても有り難いことに、この問題に明確な答えは必要ありません。
私たちは助けを必要としている人と、彼らを救うプロフェッショナル達との繋がりを作る手助けをしていけばいいのです。
この後に、米国の相談センターの電話番号も記載されています。
ライターのゲリー氏は自殺しようとしている人間(ダニエル)についてもとても丁寧な描写をしてくれていましたが、それを救おうとしている人(デッドプール)についても同じくらい誠実な描き方をしてくれていたので、今回の物語は本当に好きなアメコミの一つになりました。
自殺を考えている人間に、だけではなくその傍にいる人間にも道を示してくれている。それを語るキャラクターが、第四の壁を越えて読者に語りかけられるデッドプールだという点がまた謎の説得力があります。(デッドプールのような破天荒なキャラがデリケートな主題に意外と向いているっていうのは何かブラックジョーク的でもあるような)
コミックであれば色々な救済方法を描けるはずなのに、ゲリー氏は今回のデッドプールをあえて私たちと同じラインに立たせ、だけどデップーらしいめちゃくちゃも織り交ぜて、繊細な題目を誤魔化しなく描いてくれています。
一瞬たりとも、ダニエルの表情が完全に晴れないのがリアルでしたね・・・。
この話を読んで私が最初に引き込まれた理由は、最後までダニエルの悩みの詳細が語られなかったことでした。
自殺を主題にするストーリーでヒーローが登場すると大抵は自殺願望の原因をヒーローが解決してしまうか、そこまでいかずともヒーロー達の言葉や振る舞いで市民が希望を抱くようなラストで終わることが多いと感じます。
が、今回はそうではありませんでした。ダニエルの悩みは解決するどころか悩みの内容さえもはっきりしない。
作中の「自殺の理由」にフォーカスされないことで、「ダニエル」=「今現在苦しんでいる人たち」が誰でも投影できる存在になっていた気がします。
恋愛…家族関係の問題…仕事の問題…どんな悩みでもいい…悩みの内容は元より、その大小も関係ない。
重要なのは、今この瞬間に、自殺を決意するほどに追いつめられているという事実を抱えた人たちがいるということ。
または、そういう人が傍にいても、何もできないことに無力感を感じている家族友人がいるということ。
そんな全員へのエールになるようなお話だったと思います。
短くて読みやすく、デジタルでも入手できるのでさくっと読んでじわっと感じてほしいお話でした。
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